タレントマネジメント1

 

タレントマネジメント再定義はなぜ必要なのか?―根底にあるエドワード・ローラーの影響― 

弊社では、タレントマネジメントについて次のように定義している。「組織の真の事業目的や戦略を明確化し、人財の惹きつけ、定着化を図る人財管理を行い、採用から開発、活用、登用、異動などを効果的、効率的に、事業戦略の実現に向けて一体化させ、組織の生産性を最大化するプロセス」である。 また、タレントマネジメントを実際に進めていくうえで、次のようなことが必要であると提唱している。 これらの定義や規準は、弊社のコンサルタントの長年の経験と実践、そして、丹念な文献レビューと科学的な仮説設定と検証というノウハウの結果、到達したものである。 さて、タレントマネジメントをいかに捉えるかについては米国でも議論が続けられてきた。本コラムでは、米国における主な定義を再検討し、今後のタレントマネジメントのあり方について提言したい。まず、これまで米国で交わされてきた議論を簡単に振り返っておきたい。 米国人事管理協会(SHRM)は、タレントマネジメントについて次のように定義している(2006、SHRMのGlossaryより抜粋)。

Broadly defined as the implementation of integrated strategies or systems designed to increase workplace productivity by developing improved processes for attracting, developing, retaining and utilizing people with the required skills and aptitude to meet current and future organization needs.

広義には、現在と将来の組織のニーズに合ったスキルと特性を備えた人材を惹きつけ、開発し、定着化し、活用するためのプロセスを発展させ、職場の生産性を増大させるように設計された、統合的な戦略と仕組みを推進することと定義される(MIT訳)。一方、ASTD(2009)に次のような定義を新たに発表した。

A holistic approach to optimizing human capital, which enables an organization to drive short- and long-term results by building culture, engagement, capability, and capacity through integrated talent acquisition, development, and deployment processes that are aligned to business goals

人的資本(人財)を最適化する包括的なアプローチであり、組織文化、エンゲージメント(組織と個人の関係づけ)、組織能力、許容力などを、人財の獲得、開発、放出という過程を経て短期的・長期的に組織を動かすことを可能にし、事業目標を達成していくことである(MIT訳)。なお、ここでは、エンゲージメントを含む4つの要素がタレントマネジメントの構成要素を支える関係になっている。そして、この場合のエンゲージメントとは、「仕事に対する真剣な取り組み」と解釈するのが適当である。ASTD(2009)”The New Face of Talent Management”(同サイトよりダウンロード可)によると、ASTDのCEO、トニー・ビングハムは、冒頭の挨拶文で、「長いこと、タレントマネジメントというと、サクセッション・プランニング(次世代育成計画)、ハイポテンシャルと経営トップに関する計画と同義だった」と指摘している。しかし、この10年、タレントマネジメントというとき、もはやこのような定義が適切ではなくなってきているという。今日、組織がナレッジワーク中心になり、パフォーマンス(働きぶり)を最適化する戦略的なマネジメントは、競争優位の鍵として不可欠になってきている。組織が成功を成し遂げるには、人材を獲得し、定着化し、育成することが人的生産性を生み出すようになってきている。技術的な業績管理は、タレントマネジメントへの取り組みを方向づけ、その尺度ともなるが、戦略に歩調を合わせることは難しい。1997年、マッキンゼーが「War for Talent」を発表し、経済界に有能な人材が競争優位につながると警告を鳴らした。この数年になるまで、タレントマネジメントに関して共通の定義さえなく、また、何らかのリーダーシップモデルが示されたわけでもなかった。2008年になり、エドワード・ローラーは、有能な人材を通じて競争優位を築くことを提唱し、現在や過去の業績が将来の業績を保証するものではないことなど多くの組織が認識していること、人間中心的な志向(Human-Capital centric)が最良であると指摘した。ASTDが2008年に調査したところによると、ほとんどの組織で「包括的なタレントマネジメント」が樹立できていないということが明らかになった。そこで、ASTDは、タレントマネジメントを戦略的に定義し、共通の構成要素を持つものとして位置づけ直した。ASTDは、2009年に組織としてタレントマネジメントの概念図を発表し、タレントマネジメントのガイドラインを示した。   

出典:ASTD(2009)”The New Face of Talent Management”より上記の概念図を独自に翻訳すると、次のようにまとめることができる。 

デロイト(2008)は、”Do you know where your talent is?”というコラムで、次のような疑問を投げかけたという。1.タレントマネジメントに対する新しいアプローチの文脈を設定すること2.タレントマネジメントを定義し、その構成要素を描くこと3.成功要因を描くこと4.統合的なタレントマネジメントにおいてプロフェッショナルを学ぶリーダーの役割を樹立すること5.包括的なタレントマネジメントに対する組織的なリーダーシップへの行動計画を示すこと6.タレントマネジメントにおいて方法をリードする組織の例を提供すること ASTDは2008年、ナレッジ志向の組織のニーズを満たすタレントマネジメントとはどのようなものかと検討を続けた。その取組みの目標は次のようなものだった。1.タレントマネジメントを包括的なもの、そして、統合的なアプローチとして定義すること、この場合、包括的・統合的とは、企業全体に行き渡り、また、従業員のライフサイクル全体に行き渡るということである。2.タレントマネジメントの定義を創り出し、産業界の標準とすること。3.タレントマネジメントへの新しいアプローチで演じる、リーダーシップの役割を認識すること。4.組織においてタレントマネジメントのリーダーに対する行動計画を示すこと。 包括的なタレントマネジメントは組織のトップからスタートさせなくてはならない。エドワード・ローラーは、シニアマネジャーの30-50%の時間をタレントマネジメントに費やさないといけないと指摘している。プロフェッショナルな組織では、それ以上のものとなるという。 

ローラーによれば、「タレントマネジメントは、人的資本志向の組織において最も重要なプロセスである」、「ヒトに関する意思決定は、投資や製品、技術、物理的な資産と同様の、厳格さ、論理性、正確さで行われなければならない。そうでなければ、効果的に組織は機能しない」。 ASTD首脳がHRDについて考える際、エドワード・ローラーの影響が非常に大きいことが理解できる。また、それはSHRMについても同じことが言える。盛んに引用されている。 マルコム・グラッドウェルは2002年、「従業員が本当に望んでいることは、ポテンシャルで評価されることではなく、パフォーマンスによってである。人材とは、従業員の実際の業績から区分された何かと定義されるとすれば、文字通り、それは何の役に立つのかということになる。より広義には、組織のインテリジェンスは従業員のインテリジェンスの機能に過ぎないという前提は、誤っている」と指摘している。 このことは、タレントマネジメントが体系的であり、採用から退職までの各プロセスがすべて統合されなくてはいけないということである。その結果、タレントマネジメントが組織能力の最大化に寄与することになるのである。 2008年のデロイトのコンサルタントは、「重要な人材の獲得と定着化は、従業員をエンゲージし(この場合のengageは「一生懸命に働かせる」という意味)、継続的にスキル向上させなければ機能しない」と指摘している。デロイトの報告書は、人材を伝統的なクラスルームやオンラインで訓練するだけではなく、経験を通じてその能力を引き伸ばし、目標を達成させる人とのつながりを創出するということである。 ASTDの報告書(2009)にはキャッペリのコメントが紹介されているが、これは回を改めて詳しく紹介したい。英国の心理学者デイビッド・コーリングによると、Lewis&Heckman(2006)、Boudreau&Ramstad(2005など)、そしてCappelli(2008)は夥しいタレントマネジメントの文献の中で数少なく評価されるべきとされている。これに加えて、エドワード・ローラー、ロスウェルという二人の学者、そして、主な団体であるSHRMとASTDの見解は押さえておいてよいと思われる。 ASTDのタレントマネジメント委員会は、タレントマネジメントの成功要因として次のようなものを列挙している(ASTD,2009)。1.タレントマネジメントでは組織のトップから動かし、シニアマネジャーが落ちこぼれないように支援していく。2.タレントマネジメントの取り組みは重要な組織の戦略を確実にする。3.タレントマネジメントのすべての構成要素が一体化され、業績最適化にむけて支援する。4.タレントマネジメントは長期的な視点で実施されるが、変化に対応しなければならない。5.タレントマネジメントは、良い時も悪い時も、アクティブで、戦略的に実施されなくてはならない。事業業績が下降しているときに、重要な人材を辞めさせてしまい、訓練と育成が割愛されるようなことがあってはならない。6.タレント志向の企業文化が醸成されなくてはならない。7.タレントマネジメントでは計量的な指標が活用されなくてはならない。8.タレントマネジメントの効果的にするのに必要なスキルを養成する。 経済の凄まじいグローバル化で、適当なタイミングに適材適所になっていることがいかに重要か、このことは教訓になっている。ヒト、人的資源をうまく扱うことは組織にとって最も重要な事柄になってきている。 ローラーは、人的資本に焦点化せずに、変化のレート、イノベーションの量、そして、増大していく事業の数の中で要求される顧客に焦点化する方法はない、と指摘している。 スーザン・バーネット(デロイトのコンサルタント)は、エグゼクティブ・リーダーは、企業が3-5年で、事業上、どのような組織能力が必要になり、どんな戦略が首尾よく実行されていくべきかについての、戦略的な対話を熱心に行わなければならないと付け加えている。 ローラーはさらに、組織がもしもっと「人間志向(Human-Capital centric)」にならなければならないとするならば、プロフェッショナルはリーダーシップをもっと発揮しなければならない、とアドバイスしている。組織が顧客サービス、イノベーション、その他の機能において優秀でありたいと望むであれば、高い人間の組織能力が人的資本計画に対するアプローチとして再考されなくてはならない。ローラーは、「事業戦略が人材に対する考慮に基づいて決定されなくてはならないし、逆に人的資本のマネジメントは事業戦略に基づいて実践されなければならない」と指摘している。※Lawlerは、Talentという本の中で、盛んにHuman-Capital centricという概念を強調し、官僚制組織、構造主義アプローチと対比させている。弊社代表の金澤は、この概念を「人間中心の組織」、「人間志向の組織」と解している。 ASTD(2009)は、タレントマネジメント・リーダーが持つべき重要なスキルとして次のようなものを列挙している。ニーズを分析し、ソリューションを提案すること鋭い商才を発揮すること信頼を構築すること効果的にコミュニケーションすること成果を導き出すこと利害関係者に影響を与えること多様性を受容すること個人的成長をモデル化することネットワーク化とパートナーシップ任命の計画と実行人的資本について戦略的に考えること また、ASTD(2009)は、ASTDのコンピテンシー調査(Mapping the future)からタレントマネジャーの知識を列挙している。労務構成計画サクセッション・プランニングとリプレースメント計画職務分析キャリア計画の理論とアプローチ個人と組織のアセスメント倫理的・法的な基準に基づくキャリアカウンセリングと組織のリストラキャリアカウンセリングパフォーマンスコンサルティングコーチングとメンタリング管理者とリーダーの育成業績管理の仕組みと技術労務構成の多様性へのアプローチキャリア探索と生涯学習ASTD(2009)のセクション5では、ローラーのHuman-Capital centricが再び取り上げられている。人間志向の組織では、人材の認識、惹きつけ、サポートのプロセスをあらゆるシステムに連動させなければならないとしている。そして、次のような点が論点として列挙されている。事業戦略は、人材に対する配慮と人的資本管理に基づいて決定される。組織のあらゆる側面がタレントとタレントマネジメントによって満たされている。業績管理は組織にとって最も重要な活動の1つである。組織は人財のコスト、業績、コンディションについて、設備や材料、建物、経済的財産と同様に関心を払い、厳格に測定する手立てを持たなくてはならない。経営層は、タレントの問題について情報を持ち、専門家からアドバイスを受けなければならない。マネジャーは優れたスキルを持ったタレントマネジャーでなければならない。タレントマネジメントの機能は組織の中で最も重要なものの1つである。ASTD(2009)は産業界に共通するタレントマネジメントの、言わば米国版憲章を示したものであると言えるが、その考えの基本はエドワード・ローラーのものであるということが確認することができた。なお、次回はSHRMの立場にもローラーの影響が強いことを紹介したい。