人類存続主義

人類存続主義の批判的思惟
経済思想とその実践から生じた功罪

佐久間章行
永井隆雄 

<著者略歴>
佐久間章行:幼稚舎から一貫して慶應義塾で学び、工学部で博士課程修了(工学博士)。米国ジョージア工科大特任助教授などを経て、青山学院大学理工学部に着任。専門:経営工学及び科学技術論。
永井隆雄:慶應義塾大学・同大学院商学研究科・社会学研究科修了(商学修士)。大学・大学院で社会学、心理学、経済学を専攻。一般企業、シンクタンクなどを経てコンサルタントに。専門:産業・組織心理学及び現代思想。


人類は、自ら必要な食料/食糧をその都度、収穫、狩猟していた時代(縄文時代)から、しだいに農耕生活を行なうようになり(弥生時代)、土地や生産物などの所有権、そして身分制度を強く主張するようになり、その単位は個人・家族・親族という状態から、村や集団となり、やがて国家(原初的にはムラや王国など)を形成するようになって、広い国家間で食糧や富を収奪、あるいは搾取し合うようになった。そのために、組織だった戦争を行なうようにもなった(領土をめぐる大掛かりな戦争)。
人類は、富の分配をめぐって果てしない闘争を繰り広げるようになった。とりわけ、産業革命以降、生産物が飛躍的に増えた時、生産物とそれを交換するための財貨、そして、その生産の担い手となる植民地と奴隷などが生まれ、階級と富の分配に関して一触触発の紛争状態、葛藤と対立を生むことになった。しかし、戦争行為も、その兵器が刀や槍、盾、肉弾戦だった時代、牧歌的であった。とはいえ、その危機は既にその時代に内在していたのである。
人類の歴史において近世を迎えた頃、近代化・産業化を勃興させる思想や哲学が次々と生まれた。西欧ではその時代をルネッサンスと呼んだ。その後、哲学・倫理学から派生して、経済学が生まれた。
アダム・スミスは、『道徳感情論』、『分業論』、『国富論』などを著し、特に、この分業論が経済学の源流となったとされている。そして、ケインズに至り、近代経済学の原型が生まれてきた。
やがて後継者たちによって、ISLM分析ができ、マクロ経済を測る経済と経済学の仕組みが成立した。
IS–LM 分析とは、国民所得と利子率を用いて財市場と貨幣市場の同時均衡を分析することである。また、短期における価格硬直性を仮定している。この分析では、政府の財政政策や中央銀行の金融政策の効果を明らかにできる。
縦軸に利子率、横軸に国民所得をとり、財市場の均衡条件を表す IS 曲線と貨幣市場の均衡条件を表す LM 曲線を描くと、IS 曲線と LM 曲線の交点として財・貨幣同時均衡状態における国民所得と利子率が求められる。


IS 曲線の通らない点では財市場は不均衡状態にあり、IS 曲線の左側(下)の領域は財の超過需要、右側(上)の領域は財の超過供給状態にあること示す。
LM 曲線の通らない点では貨幣市場は不均衡状態にあり、LM 曲線の左側(上)の領域は貨幣の超過供給、右側(下)の領域は貨幣の超過需要状態にあることを示す。
IS–LM とは、I:投資 (Investment)、S:貯蓄 (Saving)、L:流動性選好 (Liquidity Preference)、M:貨幣供給 (Money Supply) のことで、IS と LM はそれぞれ財市場と貨幣市場が均衡しているときに釣り合うものどうしを示している。

〇マルクス主義の意義と示唆、そしてその破綻
 長い経済学の学説史の中で、リカードゥが登場し、その影響下で経済学独自に作ったのがK.マルクスである。マルクスの経済学は、リカードゥから継承した労働価値説を発展させ、資本論を展開した。また、マルクスはヘーゲルに多くを負い、その『精神現象学』から人間中心主義と労働疎外論をまとめた。後者の考えは、『経済学=哲学草稿』に重厚に展開されている(哲学者や社会学者は、この初期のマルクスを好む傾向にある)。
 マルクスの主著である『資本論』は、ほぼ未完であり、大半は盟友であるエンゲルスによって書かれ、まとめられたものであり、むしろ、重要な著作は、プロレタリアート一党独裁を高らかにうたった『共産党宣言』と、ヒューマニズム、宗教批判(宗教はアヘンである)、階級闘争を宣言した小著・『ヘーゲル法哲学批判序説』である。
また、社会主義/共産主義運動としてのマルクス=レーニン主義として捉えるなら、レーニンの『帝国主義論』は外せない。レーニンはその著で、資本主義が金融という仕組みとして、世界中を席巻し、やがて世界に覇権主義をもたらすことをつぶさに解説している。
その先見性は買える名著だが、没レーニン後のソ連に始まる共産主義革命は、人類に激しい暴力をもたらし、計画経済による分配も、公務員による独裁的支配も、人間を幸福にすることはなかったことが、人類の共通認識となった。ただ、一貫した理論体系と社会運動として歴史に影響を及ぼした、1つのパラダイムとしての壮大さは一定の評価ができたと言えるかもしれない。とはいえ、公務員や官僚の汚職や裏経済の発達は人類の経済システムとしては失敗であり、理不尽なものと総括せざるを得ない。

※デヴィッド・リカードゥ(英: David Ricardo、1772年4月19日 - 1823年9月11日)は、自由貿易を擁護する理論を唱えたイギリスの経済学者。各国が比較優位に立つ産品を重点的に輸出することで経済の厚生が高まるとする「比較生産費説」を主張した。また、「労働価値説」の立場に立った。経済学をモデル化するアプローチを初めてとったことで体系化することに貢献し、古典派経済学の経済学者の中で最も影響力のあった一人であり、経済学のなかではアダム・スミスと並んで評される。実業家としても成功し、多くの財を築いた。

〇(余論)労働価値説の意義と限界
14世紀の思想家イブン・ハルドゥーンは『歴史序説』にて、次のように示した。
労働が富の源泉であり、人間が獲得した所得は、労働のもたらした価値である。
労働量が多ければ価値量も多くなり、所得も多くなる。
所得の規模は、集団による協業の等級や需要によって定まる。
協業の等級は技術の水準と人口規模により定まる。
イブン・ハルドゥーンの思想は、アダム・スミスの分業論や労働価値説との類似点を指摘される。また、彼の思想は、高い技術水準や人口をもたらす条件に関する文明論とも結びついている。
デヴィッド・リカードゥはスミスから投下労働価値説を受け継ぎ、支配労働価値説を斥けた。彼によれば、商品の生産に必要な労働量と商品と交換される労働量は等しくない。例えば、ある労働者が同じ時間に以前の2倍の量を生産できるようになったとしても、賃金は以前の2倍にはならない。したがって支配労働価値説は正しくないとする。
資本蓄積が始まると投下労働価値説は妥当しなくなる、という説に対しては、資本、すなわち道具や機械に間接的に投下された労働量と直接的に投下された労働量の合計によって商品の価値が決まるという見解を一旦は示した。
ところが、リカードゥは投下労働価値説を完全に維持することはできなかった。賃金の騰落が資本の構成によって商品の価格に異なる影響をもたらすことに気づいた。投下労働価値説の出発点においては、賃金の上昇は利潤の低下をもたらすだけであり、商品の価格には影響しないはずであった。しかし、投下資本に占める賃金の比率が社会的な平均より高い場合、賃金の上昇は生産費用を平均以上に高め、賃金の比率が平均より低い場合は生産費用の上昇は平均以下となる。
いずれの資本に対しても平均的な利潤が得られるならば、前者の場合は利潤の低下分より賃金の上昇分のほうが大きい。したがって、商品の価格は上昇するのに対し、後者の場合は逆に商品の価格は低下する。投下労働量と関係なく商品の価格が変動するわけである。こうしたリカードゥの投下労働価値説は経済学説史における1つの到達点である。
日本では、戦前から戦後にかけて慶應義塾塾長を長く務めた小泉信三がその専門家であったが、そこから、マルクスの資本論における剰余価値説までの距離はそう遠くなく、小泉門下から初期の日本共産党幹部が輩出されることになった。野坂参三(後にソ連に亡命、スパイとして帰国後、党員除籍)と野呂栄太郎(名著「日本資本主義発達史」を20歳代で完成、獄死)である。

〇人類と経済思想に関係について
 現代資本主義の基本的スキームは新自由主義と呼ばれる市場経済主義と部分的に福祉国家主義である。先進国を中心に拡がる市場経済主義は、人類に付加級数的な経済発展をもたらしているが、生活環境の急速な悪化ももたらしている。

〇世界的に起こる格差と国内でも深刻化する格差問題
 米国では資産にして1億円なり10億円なりあれば、資産運用のアドバイザーがついて資産が増えることはあっても減ることは全くなくなるという。すなわち、そのような状態が30年も続けば、ハイリスクハイリターンで資産運用している中産階級の資産はなくなっていき、運用する資産のない貧民層は、資産形成など無縁な状態に陥り、巨大化していく。
 日本では小泉改革と呼ばれたが、富裕層重視の経済対策が打たれ、格差社会が一気に加速し、現出した。金沢大学教授だった伍賀一道(ごか・かずみち)は、日本を非正規大国だということをまとめている。
 小泉信三を発起人にして大正時代にできた社会政策学会も、現在では、労働問題を、労使関係という形では捉えておらず、30年ほど前から、非典型雇用問題研究会という部会で検討している。
 言うまでもないが、中国、韓国、ベトナムなどアジア諸国でも、格差社会が問題になっている。

〇人類存続主義が提唱する経済の仕組みと考え方の基本
 人類存続主義の考える経済の仕組みは、今のところ、基盤は市場主義経済である。そして、日本が現在、陥っている格差社会については、どこかの時点で、機会均等性がある程度確保され、人々の尊厳が認められるようになるべきだと考える。
 しかし、上流階級、上流階層が枯渇してしまっては、文化の維持ができなくなってしまうという危機感もあり、その意味で、格差は必要であるという立場にも立つ。
 その一方で、飢えてしまう、労働者を再生産できないほど、子どもを貧困にさせ、教育から離反させてしまうこともあってはならないものと強い危機意識を持つ。
 その意味で、人類存続主義は、経済学的立場とその思想的支柱に関して、まだ過渡的な立場にあると言わざるを得ない。

※人類存続主義の問題意識
最初、何もない無の時・空間があった。
根源はもちろん、理由も背景も不明だが、そこで巨大な爆発が起こり、宇宙が誕生した。
そして、生命体が存続できる惑星が1つか、(またはいくつか)、誕生した。それが地球(アース)である。地球は宇宙の爆発の1つの塵の、そしてその灰の1つのようなものだ。
生命体は150億年の時を経てやがて人類の原型が生まれた。そこから700万年の時を経て人類は固有の文明が誕生した。最初の人類の文明は呪術や原始的な宗教を中心としたもので、辛うじて種の存続と原初的社会の継続性を秩序付けるモノに過ぎなかった。
古代ギリシャになって西洋につながる文明が多く形成され、その後、長い時間を経て、近世になり、ルネッサンスが西欧に登場した。近世思想とは、デカルトに始まり、ライプニッツやカント、ヘーゲルなど主要な哲学者である。
そうした思想や哲学に支えられて、産業や制度が生まれ、近代化/産業化する契機となる、「近代」の概念が生じた。人々は、近代と近代化の仕組みが人々を幸せにし、豊かにするものと信じた。
人類は、豊かになる、その手段/道具に振り回されるようになり、近代的装置によって豊かになるのではなく、逆に苦しみを持つようになり、自ら作った文化とその下位文化によって、身もだえする時代・社会が生じた。また、近代化し、産業化が進む中で開発された、大掛かりな戦争のための兵器、とりわけ核兵器に恐れおののくようになった。
人々は近代的自我(自立/自律、民主化、脱隷属などの思想や主義)の中で危機意識、苦悩を持つようになった。それは、近世に確立された「人間中心主義」のヒューマニズムと豊かさをもたらす文化と科学技術至上主義が自滅へのほころびを見せた結果である。
精神分析や文化人類学、構造主義、マルクス主義、近代経済学、科学哲学、生命論、優性思想など多くのポスト・モダンな現代思想が生まれ、近代の苦悩と矛盾、混濁と対峙したが、全面解決するものはどれひとつなく、なお過渡期にある(参考:現代思想史入門)。
そればかりか、今や、現代思想が空転し、知の遊戯と化し、本来の意義や真摯な危機意識を多く失ってしまっている。また、失敗が確認された現代思想もある。さらに、現状の象限から、あるべき象限に至るまでの理路のない思想も少なくない。そこで、新たな包括的で包摂的な試みの1つが人類存続主義である。
人類存続主義は、1つのポスト・モダンな危機意識を内包する「後期現代思想」であり、ソリューションであり、近代化と現代に絶対視されているものの矛盾に対する問題解決をもたらす理路を持っている。
人類存続主義は、人類の文明が潰えてしまわないように、思想や哲学を相対化し、先端的と思われている科学技術が内包する危険性に警鐘を鳴らし、数学に落とし込めば、解決が付く、正解が出るという安易な科学技術信仰にも示唆を与える。
人類存続主義は体系化を目指すが、その守備範囲には自ずと限界があり、継承者に対して問題提起というバトンリレーを目指す、人類規模の社会運動である。

※この文章は、聖書と日本書紀の冒頭部分を参考にし、さらに『アースダンス』の目次を参考にして草案した。その後、『近世人間主義の思想』の流れも参考にし、加筆した。