コラム:メンタルヘルス

うつ病になるサラリーマンの激増―なぜこんなに蔓延するのか?


                                      永井隆雄

・はじめに―うつ病になるサラリーマンが激増している
・うつ病とはそもそもどんな病気なのか?
・うつ病以外の主な精神疾患
・うつ病になった社員を企業はどのように処遇しているか?
・うつ病はどうしたら改善するのか?
・うつ病になった人へのメッセージ

・はじめに―うつ病になるサラリーマンが激増している
 バブル経済を謳歌した日本経済、それ以前にも精神疾患はあり、その代表的な疾病の1つであるうつ病に苦しむ人はたくさんいた。もちろん、そうした患者は大企業サラリーマンでなく、比較的早い段階(少年期や青年期初期)の発病で、エリートサラリーマンとは無縁だと考えられていた。
 当時、あるいは今でもそのような価値観を多少とも引きずる人はいるが、いわゆる一流大学の受験を突破するには、限られた時間・期間に多くの情報処理を習得し、暗記すべき事項を頭に整理し、さらに、それを非常に限られた時間内に正確に表現することが求められるから、総合的な能力が備わっており、その1つにストレス耐性も高いから、職務上のストレス(仕事そのもの、人間関係など)にも耐えうると単純に想定されてきた。
 ところが、このような単純な人材観は過去の遺物となり、今日では、有名大学を出たかどうかによって書類選考し、早い段階で個別面談して内定を出すというようなことはなくなった。
 企業はすべての応募者を公平にエントリーさせたうえで、説明会を行い、その後、適性試験(1回ないし2回)を行い、ここで絞り込んで、その後、集団面接を1回か2回、その後ようやく個別面談を2―3回、そして形式的な役員面談で内定を出すようになった。
 80年代、私の頃の採用試験は、完全な指定校制で、大学ごとに細かく指定枠があり、まず、採用実績のない大学からの入社は不可で、大学のランキングに即して割り振りされ、下位の国立大は3つの大学で1名とかそんな指定がされていた。これは大手企業ではほとんどそうで、指定外の大学、学部から採用されるチャンスはなかった。それでも、基礎学力を試す試験は必ずあった。選考の中心となる面談はほとんどの企業で2回で、現在よりはるかにそのプロセスは単純で内定に到達した。
 バブル期はどこの企業も大型採用を行うようになり、指定校制は撤廃され、中堅以下の大学からでも人気のある大手企業に入社できるようになり、採用選考のハードルは下がった。しかし、長引く不況もあり、相当の期間、就職氷河期が続いた。この世代の大卒者は多くが非正規労働者である。
 近年(この20年くらい)、企業の採用意欲が再び旺盛になった。そこで、企業が採用選考で工夫し、改善するようになったことは、見誤りを減らすため、集団面接を含め、合計4―5回の面談機会を設定することである。そのため、大企業が採用活動を必ず行う東京と関西(大阪)へアクセスのいい学生とそうでない学生との就活機会の格差が大きくつくようになった。
 企業がそこまでして面接を繰り返すのは、実在する社員にうつ病が増えており、その人のコミュニケーション能力や入社への動機の強さを確認するためではなく、情緒安定性とストレス耐性について複数回の機会を割いて、間違いないか、徹底的に確認しようとしているのである。企業自身にとってみれば、かつて指定校制で絞ったうえで、2回の面談を実施していたのに対して4―5回の面談を行うということは単純に考えて負荷は2倍になる。それでも実施するのは、情緒安定性とストレス耐性についてナーバスになっているのである。
 うつになってしまうと、社員は欠勤がちになるし、やがて定時の出社が困難になり、短縮時間で出社したり、休職するし、その後、辞めてしまうなら、まだいいが、辞めても、そんな状態では再就職はないので、本人は辞めようとしない。そうこうするうちに、自殺する社員も出てくる。
 うつの兆候がまるでなかったのに、いきなり飛び降りや首つりで自殺する社員も多く、大手企業の場合、毎年、二桁(少なくとも10名、多い場合が50名を超える)の自殺者があるらしいが、企業自身の恥部なので、公表されていない。
 私が15年ほど前にある会合で会った元三井物産人事課長の話では、はっきりした数字は言えないとしたうえで、10―20人というレベルではなく、もっと多いらしく、同期で仲良かった社員も自殺したので、産業カウンセラーになりたいと決意し、確か50歳を前にして退職し、臨床心理学を学ぶために大学院に入学したらしい。もちろん、家族は猛反対したし、私はコメントしなかったが、産業カウンセラーになろうが、その人が臨床心理士になろうが、自殺者を低減することなど無理だ。
 企業では、職種によって異なるが、うつになる社員の発生が増加しており、頭を悩ませている。私の知る例だと、2005年頃の時点で、インフラ系の会社で社員全体のうち、うつになる人の比率はおよそ2-3%で、SEに限って言うと、その3倍を超え、10%近い数字だという。この会社の労働条件(給与は世間の大手より5割は高いし、労働時間も短い)は一般企業よりも比較的良好なので、多くの企業ではうつになる率は3%をかなり超えており、さらにSEの多いIT系企業の場合、10%以上と推計されることになる。

・うつ病とはそもそもどんな病気なのか?

・うつ病以外の主な精神疾患
 これまで企業がうつとそれによる能率低下、そして、自殺といった現象がある程度起こるにしても、それを極力避けたいという話をしてきた。しかし、話はそんなに単純ではない。
 人間の脳内には大きく分けて、セロトニン、ドーパミン、アドレナリンといった神経伝播物質があるとされるが、それは、調味料で言えば、香辛料、甘味成分、塩分系といったものにたとえることができ、香辛料にも、一味、唐辛子、カレー、コショーなどがあるように、一般家庭にあるものだけでも10はある。甘味成分にして、同じで、単純に砂糖だけというわけではない。塩分系は突き詰めると塩なわけだが、調味料としては醤油や味噌、塩その他、5種類はあるだろう。
 神経伝達物質も同じで、1つの系統であって、何種類もあるということは最低限押さえておかないといけない。したがって、うつ病を治すには、セロトニンの濃度を上げればいいということになるにしても、それをどのようにして、しかも上げ過ぎず、持続的に維持するというのは難しく、比較的普及しているものはあるが、定番で、副作用も少ないという薬はまだ開発されていない。 
 また、うつに対して、逆に多弁多動になる躁状態というのがある。大半のうつ病患者は、躁鬱病で、ただ、躁状態が目立つ人とうつ状態が目立つ人がいて、単純に生理周期みたいにそうとうつを繰り返すわけではなく、同時に起こる場合もある。
 私の知る人は、大手総合商社マンで、ロシア担当だった。有名進学校から推薦で有名私学に入学したが、推薦で入ったくらいなので、英語がパッとせず、非英語圏の担当ということになった。最初の数年は国内で不動産営業を担当して企業実務を覚え、入社して4年目、モスクワに1年間、語学留学、その後、2年はロシア語圏の事業所内で、ロシア語を使って仕事をいろいろと担当してロシア事情とロシア語に磨きをかけた。その後、極東の駐在員になり、主に材木を担当することになった。1担当になったのは31歳なので、商社が人材を育てるのにいかに時間をかけるか、理解できるが、その2年後には、彼はうつになって休職した。1年目は比較的順調だったが、新しい若手の担当ということで、彼も気を張り詰めていた。しかし、2年目になると、彼のポテンシャルが高いのか、仕事にも慣れ、油が乗ってきた。ただ、その年が彼がうつになる前年なのである。それはどんな1年だったのか?
 彼がうつになる前年、年収は1500万だったらしいが、彼のテンションは上がり、自分でも抑えが効かなくなったらしい。まず150万以上の高級時計を2つも3つも買い、スーツなども高級なものをいくつも買った。車もまだ十分に乗れる状態なのに高級な外車にした。自分の車は北海道にいる父親に郵送してプレゼントした。
 キャビンアテンダントの彼女ができて、月に2-3回会うが、1回10万近いデート代がかかったらしい。彼が言うには、食事代に4-5万程度、飲み直しに1万程度、ホテル代に3-4万という内訳らしい。
 ただ、多くても月2-3回しか会えない相手をCAは彼氏扱いしてはくれるだろうが、かけ持っていると彼は言っていた。CAはシフトを見て、デートできる日が決まれば、優先順位を決めて何人かの「彼氏」との日程調整をし、日本での休日を楽しむのだろう。
 そんな彼もロシアが4割、日本が6割、日本での日程の半分近くが地方だと言っていた。土日は原則休みなのだが、そこで移動することも多いので、自宅から羽田空港に早朝タクシー毎週のように移動したらしい。
 また、東京にいて事務所(東京本社)に出社する日は、終業後、気分転換によくバーに行ったらしい。男どうしだが、1杯2000円程度で、テーブルチャージも付くから、割り勘でも2万出しておつりが少しという感じらしく、そこには毎日通ったらしい。月に20万にはなる。
 このように1年間散財していても、自分の給与なら問題ないだろうとまるでお金のことを心配していなかったのだが、うつで入院する前年の12月、クレジットの利用残高(未払い残高)を見て驚いた。その金額は1000万を超えており、賞与などを入れても払えない金額で、仕方なく分割払いに切り替え、クレジットローンも併用することにした。
 その頃から、疲労感、消耗感、虚無感など言葉に言い難い感じが全身を襲うようになり、キャビンアテンダントから連絡があっても、会う気にもならないし、砂を噛むような感じを覚えるようになったという。
 そして、年が明け、ある日の週末、月曜の朝一番で訪問する地方の客先とのアポイントをキャンセルし、その週の日程をすべて調整して先送りして、彼は会社に行き、体調が思わしくないので、休職し、入院したいと言い出した。
 会社の上司は、馬車馬のように働いていた彼が急にそんなことを言うので、不思議で仕方がなかったが、産業医面談を経て、精神科病院に行くと、うつ病と診断され、入院した。
 入院して半年ほど経過した際、いろいろと話を聴いたが、彼は、もう会社の仕事を続けることは無理なので、給与が半分以下になってもいいので、楽な仕事をしたいし、ロシア語を特技にすれば何かあるだろうと言った。それにしても、休職可能な期間いっぱいは休みたい。とにかく生も根も尽き果てたと言った。
 また、あれほど金遣いの荒かった彼が、母校の高校の担任に会いたいというので、スマホで経路を確認していたが、なるべく早く行ける経路ではなく、10円でも安く行ける経路にして、「急ぐわけではないから」と言った。
 キャビンアテンダントからは何度も電話が入ったし、その気になれば、病院は任意入院なので、外泊許可を得れば、デートできるのだが、「お金がもったいない」と言って、女性とは少し名残惜しいのか、しばらく話していたが、会うことは断っていた。
 うつにいきなりなる人もいるが、彼のようにその前兆現象で、躁状態になる人も多く、躁鬱を繰り返し、躁鬱状態を感情障害ともいうが、それがその人の基本的な資質、気質として定着してしまうことが少なくない。
 精神科にかかっている患者の多数派は統合失調と診断されている。しかし、統合失調でも躁鬱を伴うことが少なくなく、その場合、時に統合失調感情障害ということもあるが、診断上は単に統合失調とされることが多い。
 統合失調は、主たる病態は、幻聴や幻覚なのだが、思考や感情の混乱、妄想(被害妄想を含む)など非常に幅広いもので、上述の脳内伝播物質で言うと、ドーパミンが濃い状態のために起こるとされているが、ドーパミンがなぜ濃くなるのか、それにはどんなメカニズムがあるのかなど確たることは解明されていない。
 ただ、統合失調は発症年齢が15―25歳くらいが多く、企業が大卒社員を採用する時期には既に発症していることが多く、採用選考を通過できない可能性が高いが、面接でははっきりとわからない可能性もあり、まして択一式の心理テストでは、判定が困難なので、企業や様々な組織に入社・入職してしまうことも少なくない。
 また、識者によると、25歳を過ぎた年齢、例えば、40歳以上、時に50歳以上になって、統合失調になるケースもあり、その背景に、企業における過重労働がある場合もあると指摘されている。
 警察はいくつかの大規模な精神科病院を都内だけでも10か所以上、指定している。そこには、何らかの犯罪に当たる行為をしながらも、精神状態が普通ではないと判断されて留置場ではなく、病院送りにされる。と同時に、自傷行為や自殺未遂を起こした人も、一般病院ではなく、精神科病院に送られる。
 理由は、精神科病院には、精神衛生保護法に基づいて、患者を拘束することが特例として認められており、観察室と呼ばれる個室に、指定された患者が自傷行為、他傷行為などをしないように、縛り付けることなどもでき、患者が落ち着くまで、隔離することもできる。患者はその間、個室から一切出ることができず、個室から一時的に出られるようになっても病棟からは一切出られない。
 もちろん、精神科病院には10年どころか30年以上、入院している患者もおり、病棟から、半日程度、作業療法などに参加できる時間もあるし、患者の病状次第で、運動会や文化祭、卓球大会その他のイベントもたくさん開催される。
 病院にもひどい患者が多いところもあれば、商社マンが入院したところのように、男性の半分以上が大手企業のサラリーマンというところもある。病院名は伏せるが、この病院は新宿区の市ヶ谷にあり、大手の経済団体、NTT、東京海上、メガバンク、総合商社など年収で言えば、35歳で最低1000万、40歳で最低1500万(多いところでは2000万以上)は出るような会社ばかりで、医師も東大卒が多いが、患者も東大卒が多い。女性は多く、更年期から抑うつ状態で、山の手のご婦人だが、家事をするのが無理って感じで長期入院している。